こんにちは。菅原健(すがわらたけし)です。face 仙台生まれです。
父は仙台の錦町、木町通り、霊屋下で「レタス」、「ぽぷら」という洋菓子店を経営し、祖父は「寿の三色最中本舗」という和菓子店を創業・経営するなど、幼い頃から商売人に囲まれて育ちました。

仙台一高を卒業するまで仙台に暮らし、卒業後すぐ、単身ロサンゼルスへ渡り大学に入学しました。初めての一人暮らしで、毎日晴天のカリフォルニアの青い空の下、受験から逃げるように日本をあとにした私が勉強に勤しむことは難しく、勉強はあまりせず、寿司バーや飲み屋などでのアルバイトや遊びに精が出るようになりました。

フリーターのような状態がしばらく続くと、若い私もさすがに将来に不安を感じ、ロサンゼルスを脱出しなくてはならないと思うようになりました。とはいえ、直ぐに日本に帰って働くのは困難と考え、かねてから興味があったマレーシアのクアラルンプールへ行き、現地の大学に通うことにしました。

クアラルンプールでは、さすがに大学にほぼ毎日通いましたが、ほぼ毎日飲み歩くことになりました。マレーシア人達からは、「日本がなければ、自分達は今でも欧米諸国の植民地だったはずだ」などと、自分が日本人というだけで褒められる夢のような毎日を過ごしました。

平成9年に日本へ帰国後、貿易会社にサラリーマンとして勤務し、アメリカ、フランスの会社との間で、ヨットウエアブランド、ウエイクボードブランドとの日本総代理店契約や売買契約に際しての折衝など輸入関連の業務を担当しました。

3年間のサラリーマン生活をすごした後、平成12年に、マーケティング、プランニング、コンテンツ制作、ソフトウエア開発、デザインなどを複合的に行う会社を設立し、取締役副社長に就任しました。同社は6名ほどの小規模な会社でしたが、一部上場の超有名な企業や自治体などの仕事を受注し、様々な経験を積むことができました。同社では、その他、国分町で焼酎バー、一番町で服屋を運営するなど、経営の難しさや楽しさを過度に味わい、働きすぎて過労で10日くらい入院するほどでした。

働きすぎが原因かどうかはわかりませんが、プライベートでは、離婚も経験しました。

以上のような、海外留学・生活経験、会社経営などの社会人経験(や離婚経験)、小さい頃から商売に触れてきた経験を活かし、弁護士として中小・零細企業や起業をサポートし、ひいては日本の再生に弁護士として何か貢献したいと思い、平成18年東北大学法科大学院へ入学。平成22年司法試験に合格し、司法修習の後、平成23年に小松亀一法律事務所へ入所しました。平成25年までの2年間、交通事故被害者弁護の第一人者・男女問題専門家である小松亀一先生の厳しい指導のもと研鑽を積みました。
平成25年12月1日、佐々木康晴弁護士とともに、菅原・佐々木法律事務所設立(平成27年法人化)。
平成27年1月、弁理士登録。

仙台弁護士会国際委員会委員
日本弁護士連合会中小企業の海外展開業務の法的支援ワーキンググループ委員
古川東ロータリークラブ会員
古川商工会議所青年部未来創造委員会委員

好きな食べ物:冷やし中華、ステーキ、せり
好きな映画:ビッグリボウスキ、生きる
趣味:ビリヤード、スケートボード、ゴルフ
資格:普通自動車免許、TOEIC 920点、四級船舶免許